金澤リッツ おとなこども歯科・矯正歯科 院長
山下 陽次朗
皆さま、はじめまして。院長の山下陽次朗です。私は石川県能美市で、九谷焼を営む家系の次男としてとして生まれ育ちました。幼少期から空手やサッカーなどのスポーツに打ち込み、とにかく負けず嫌いな性格でした(笑)大学時代には徳島大学のサッカー部で主将を務め、夏の大会で優勝する事を目標に部員達と汗を流したのは今でも忘れられない思い出です。
私が歯科医師を志したのは、高校3年生の時、歯科医師の親戚から「やりがいがあり、お前に向いているんじゃないか」と背中を押されたことがきっかけでした。とにかくいろんな患者さまを救える、幅広い知識と技術を身に付けたいという思いで、三重県の歯科医院にて、歯科医師としての研鑽を積んでまいりました。
私たちのミッションは、「多くの人が健口(健康)で豊かな人生を送れる社会を作る」ことです。
当院は、「単に痛みをとる」だけではなく、機能性と審美性の両面をサポートする歯科医療サービスを通じて、皆さまの健康とより良い人生の支えとなる存在になりたいと思っています。そのために、一般歯科をはじめ、インプラント、矯正、審美歯科治療など様々な専門性をもち、皆さまの健康に寄与できるように努力しております。
歯は、私たちの心と体の健康にとって非常に重要なピースです。私たちは歯科治療を通して、皆さまが「しっかり噛めて・思いっきり笑える」生活につながるお手伝いをしたいと考えています。
「愛のあるおもてなしの心」を忘れず、皆さまにこんな歯医者があったんだ、ここなら頑張って通えそう。そんなお言葉をいただける歯科医院作りを全力で行なっていきます。小さなお悩みでも構いませんので、どうぞ安心してご相談ください。
- 所属学会
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- 日本臨床歯科学会
- 日本口腔インプラント学会
- 日本審美歯科学会
- 参加セミナー
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- JIADSペリオセミナー
- 大阪SJCDベーシックコース
- 大阪SJCDエンドコース
- 石井歯内療法研究会マイクロエンドコース
- インプラント100時間コース
- OSSTEM サイナスCBRセミナー
- GPOレギュラーコース
- 東京SJCD デジタルマイクロベニアコース
- ICEED
- PGI 名古屋
- GCダイレクトボンディングセミナー
- 略歴
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- 石川県立小松高等学校 卒業
- 徳島大学 歯学部歯学科 卒業
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徳島大学歯学部総合診療科/医療法人大木会
大木歯科医院(臨床研修) - 医療法人大木会 大木歯科医院 勤務
- 医療法人大木会 大木歯科・矯正歯科 四日市 院長就任
- 金澤リッツ おとなこども歯科・矯正歯科 開院
プロフィール
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私は、山下家の次男として、石川県能美市で生まれ育ち、両親や家族からも大切に育てていただきました。幼少期はなんといっても、兄のことが大好きで何をするにも、どこに行くにも兄の後ろをついてまわった記憶があります。兄は私の4つ上で、兄が小学生高学年くらいになり自分となかなか遊んでくれなくなった時の悲しみは今でも鮮明に覚えています(笑)
小さい頃は、生き物や体を動かして遊ぶことが大好きで、活発な子供でした(笑)
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小学校から中学校までは、空手とサッカークラブに所属し、運動はそこそこ得意な方でした。でも、練習は嫌いで良くサボってしまったこともありました(笑)。それでも、運動やクラブをしていて良かったことは、家族や周りの人からめてもらえた事かなと思います。小さい頃に誰かに褒めてもらえたことや認めてもらえたことは、自分の自信、自己肯定感につながっているのかなと思います(笑)
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過去に戻れるなら私は高校生かなと思います(笑)
理由は、高校時代はやる気を出すこと、何かに打ち込むこと、努力することが格好悪いと思っていました。それが原因で好きだったサッカーもやめて、学校が終わると1番に下校し、家でダラダラゲームばかりする日々でした。あの頃、全力で勉強や部活に打ち込んでいたらどうなっていたんだろうと今でも思う瞬間があります。
あの頃は、両親にも心配をかけていたと思います。それでも、後悔はしていません。1度ハマるととことん極める自分の癖でどんどんゲームの世界にのめり込み、ゲーム内ではそこそこ上位のランクにまで昇り詰めていました(笑)
そんな経験も、今思えば『やればできる』という自分の自信につながっているのでは無いかと思います。とても良い思い出です。
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高校3年生の時、進路を決める時期、私は将来についてなんのビジョンもありませんでした。そんな時に歯科医師の親戚のおじさんが、歯医者は楽しいしやりがいもある、そしてお前に向いてると思うよっていってくれたのが歯科医師という職業もいいかもと思ったきっかけでした。そこから、歯科医師という職業について興味を持ち、自分の仕事が直接人々の役に立つ仕事であること、私の家族が元々職人気質の家系だったことから歯科医師という仕事につきたいと思い、歯学部を志望するようになりました。
そして、縁があったのか徳島大学に無事合格することができ、歯科医師を目指す1歩がスタートしました。
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大学時代の一番の思い出は、サッカー部での活動です。高校時代、一度サッカーを辞めた自分でしたが、大学に入学後、サッカー部に勧誘され、まぁそこそこ自信あるからとりあえずまたやってみるかと軽い気持ちで入部しました。最初は、モチベーションは全くなく、部活の練習も休んだりと先輩方には迷惑をかけました(笑)学年が上がるにつれて責任が増し、大学4年時には主将として1年間取り組んだことが今でも忘れられません。私は、とにかく負けず嫌いで、徳島大学開校以来、夏の歯学部が集まる大会でのベスト成績が6位だったことから6位以上、いや優勝しようと部員に伝え1年間取り組んだことを今でも覚えています。
この写真は、最後の試合、勝てば5位、負ければ6位という試合で勝った後の写真です。この時の仲間は、今でも共に歯科医師として高め合えるとても良い存在です。
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無事、歯科医師になった私は、三重県鈴鹿市、四日市市にある医療法人大木会大木歯科医院に就職し、理事長の笠井先生には歯科医師としての本当に多くを学ばせていただきました。
歯科医師となってからは、一に勉強、二に勉強、常にどうすればより良い治療を患者さんに提供できるかということを考え、勉強し、練習してきました。
大木歯科医院では、機能性と審美生の両面からサポートする歯科医療の重要性を教わりました。そこで、矯正治療やインプラント治療、セラミック治療、噛み合わせ治療という専門性の高い治療についても本当に数多くの経験をさせていただきました。
また治療手技だけではなく、働く意味そして仕事とプライベートの両立についても学ばせていただき今の歯科医師としての私を1から作っていただきました。
まだまだ未熟な私ですが、これから関わる患者様、スタッフ、家族、多くの方を幸せにできるような人間になれるように努力していきます。